白村明弘選手の実績
岐阜県美濃加茂市出身で小学校3年生から野球を始め、美濃加茂東中学校では岐阜ビクトリーズで外野手としてプレーしていたが、投手としても139kmを記録するなど強肩外野手だった。
慶応義塾高校に入学すると1年生となった2007年には春からベンチ入りし、秋には142kmをマークした。しかし独特のフォームに制球力の問題などがあり、また2年生に只野投手、田村投手などレベルの高い選手が多く、登板機会は無かった。
2年生となった2008年のセンバツ大会でも登板機会は無く、夏の選手権では神奈川大会の2回戦、3回戦で登板し、3回戦の鶴見戦では先発して5回で13奪三振の好投をみせた。
秋の新チームになるとエースとなるが、1年生の明投手などの活躍もあり神奈川県で優勝、関東大会も優勝して、神宮大会に出場した。
腰痛のため明治神宮大会では決勝の天理戦でリリーフとして3回1/3だけ登板、2安打6奪三振1失点で胴上げ投手となった。
10試合で61回1/3を投げて67奪三振を記録、防御率0.59で安定感抜群の投球をみせ、打撃でも打率.472マークした。
3年生となった2009年のセンバツ大会では初戦で開星高校と対戦、8回で11三振を奪ったが5安打3四死球で4失点、制球力に加え1試合を投げきるスタミナにも課題を残した。
夏の神奈川大会では3回戦で桐蔭学園と対戦、6四死球に7安打を許して3失点、1-3で敗れた。
ドラフト1位候補としてプロのスカウトも評価、プロ入りの意向を示していたが、満足な実績を残せ無かったことから大学進学を決めた。
慶應大学では1年生の2010年の新人戦で153kmをマークすると、秋季リーグ戦では東大戦で2回なげて5奪三振、ノーヒットに抑えた。
しかし立大戦では先発を任されたものの1回1/3で6四死球と制球を乱して5失点で降板した。
制球力の課題を克服するべく、下半身の強化を行って迎えた2011年の春季リーグ戦ではリリーフとして登板機会を増やし、7試合に登板、22回1/3を投げて13安打18奪三振、四死球6で防御率1.21という成績、東大戦の2回戦で先発すると、7回4安打1失点で勝利、その後明大戦でも先発して5回を4安打2四球で2失点に抑える好投をみせた。
リーグ通算9試合、2勝1敗、25回2/3、25奪三振、防御率1.75。