福岡大大濠高校時にも140km中盤のストレートをマークしドラフト上位候補だった。早くから大学進学を決めていたようだ。早稲田大学では野手としての能力を見込んで野手の練習をさせていたが、本人も希望もあり投
打率が高く、打点も確実に上げるスラッガーで、盗塁も4年間で36個記録するなど、走攻守そろった選手。大学選手権では佛教大・大野投手から4打数2安打、東洋大・乾投手からホームランを放つなど、左打者を苦にし
中学時代は兵庫飾磨クラブに所属し全国制覇を成し遂げる。 東洋大姫路でも注目選手として1年生の夏から中軸を任される。3年夏は3番遊撃手として全国大会に出場し、3回戦の桐生第一戦では第一打席にセン
アンダースローからのシュート、スライダー、シンカーでスポニチ大会は7回ながらノーヒットノーラン、都市対抗予選でもかずさマジックを1失点、JFE東日本を完封し、好調を維持している。 千葉ロッテの
大阪府藤井寺市出身で、小学校1年生から野球を始め、4年生で大阪平野富士ボーイズに入団する。 藤井寺三中学校から阪南大高へ進学すると、1年生で早くも戦力となり、2008年夏の選手権大阪大会では1回戦
愛媛県出身で今治西高校に入学すると、143kmを投げるエースとして、また通算44本塁打を放つ4番として活躍した。 2年生となった2006年の夏の選手権では初戦の常総学院戦で8失点しながらも完投