福岡大大濠高校時にも140km中盤のストレートをマークしドラフト上位候補だった。早くから大学進学を決めていたようだ。早稲田大学では野手としての能力を見込んで野手の練習をさせていたが、本人も希望もあり投
佐野日大時代は控え投手で夏の予選で敗退したが登板機会は0だった。そこから奮起しウエイトトレーニングを重ねて、ストレートはほぼ150kmをマークするようになった。 最速157kmをマークした速球
帝京第五高校時代からプロが注目していた投手。 腰痛で2年までは登板できなかったが、2009年(3年)になり防御率0.50をマークするなどブレークした。2010年(4年)春は5勝0敗、39イニン
小林西高校から福岡大へ進み、福岡大で3年生となった2007年には、当時4年生の白仁田(現阪神)、2年生の門脇(現日立製作所)と共に大学選手権に出場し登板をしたものの三重中京大を相手に5回2失点と敗戦投
沖縄県出身で、沖縄尚学高校では2年時に春、夏に出場している。ベンチ入りしたがレギュラーとしては出場していない。 東海大に進み、1年秋に外野手のレギュラーを獲得すると、打率は3割を越え、3三塁
高校通算31本塁打の打撃も注目で、高いアベレージも残すとともに、打点数が非常に高い。勝負を避けられてもきっちりと打点を残しチームを勝たせるのはスゴイ。 また遊撃手として強肩と俊敏な守備はプロ8球団
京都府伏見区出身で、小学5年生から野球を始め、藤森中学校では野球部として軟式でプレーする。 京都外大西高校に入学すると3年生となった2006年春のセンバツ大会に出場、初戦の東海大相模戦で先発し
全国でも屈指の打者。左右に安打を打ち分ける打撃と、145kmをマークする強肩はノーステップでも遠投90mを誇る。打率は常に4割を越え、通算本塁打は18本。
気の強さはプロ向きで、高校2年生の夏の大会、決勝で駒大苫小牧に10-13という壮絶な試合で敗れたが、その後AAA大会に選ばれた際に同室となった3年生の駒大苫小牧の鈴木康仁投手に、「先輩、俺が負けたとは
きれいなフォームからのストレートは148kmをマークしているが、140km前後のキレのあるストレート。回転が良い時はストレートでも空振りが奪えて、低めにも突き刺さる感じ。 スライダー、チェンジアッ