小学6年時に北海道日本ハムファイターズジュニアでNPBトーナメントに出場すると、開幕戦で無四球ノーヒットノーランを記録した左腕。 中学で138キロを記録し、体格も大きく注目されていた。
兵庫県明石ボーイズでプレーし、侍ジャパンU15代表入り。 182cmの長身から中学で130キロ後半の速球を投げ、打撃でも高い能力を示す。
素晴らしい俊足を持つ選手で、1年春から星稜の3番で出場し、北信越大会の上田西戦で5打数3安打1打点、内野安打2本を記録した。
中学では柔道と野球の二刀流で、親戚に銅メダリストの永山竜樹選手がいる。 野球は札幌北広島ボーイズでプレーしていたが、強豪から誘いを受ける中で北海道の北照に進学した。 1年春にデビューすると、1
山形リトルリーグ→山形ボーイズでプレー、北海高校に進学すると、1年春の春季大会でいきなり登板し、2回3安打1失点だった。
中学3年時に旭川大雪ボーイズで全道制覇、ジャイアンツカップでも決勝に進出したエース。強豪高校から誘いがある中で、甲子園出場のない旭川明成に進学すると、1年春の旭川工業戦で公式戦初登板し、3回2安打無失
横浜南ボーイズから東海大相模に進むと、1年生の春から4番を任された長打力が光る選手。
大垣日大では入学直後の春季東海大会で7番サードで出場し3打席連続安打を記録するなど、対応力の高さを見せた。
慶風高の主将で、本来はセンターも3年夏は捕手のケガによりマスクを被った。 夏の大会は強豪の初芝橋本と初戦で対戦しコールド負けしたが、春の大会以降の練習試合で93打数34安打で打率.366、3本塁打、
俊足で打撃も良い外野手。
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