高校1年の秋の大会では投手で先発で登板していたが、3年夏はファーストを守り打者として出場。 2試合で5打数ノーヒットだった。
高校時は肩を、筑波大では1年時に腰のヘルニアの手術、その後も肩・肘の故障が続き、4年の夏のオープン戦で久々に登板を果たす。 最後の夏にかける