大学3年時は2戦目の先発やリリーフとしてフル回転し、リーグ戦優勝に貢献した。
最速144km/hのストレート、小さく鋭く曲がるスライダー、ツーシーム等をリズム良く投げ込む。 帝京高校では1年夏からベンチ入り、2年秋からエースナンバーを背負った。 仙台大学では1年春
恵まれた身体と抜群の身体能力を持つ外野手。 母が病気のため、3年夏の甲子園で敗れた後、野球をやめることを考えていたが、高い素質を惜しんだ周囲から慰留をされ、両親も大学でのプレーを勧めた。
試合経験が豊富で打撃でも活躍する捕手。
小学生の時に内野手として広島東洋カープジュニアチームに入った。 尽誠学園では2年生の春に4番を打ち、四国大会決勝では1-3と劣勢の9回にタイムリーヒットを放ち、逆転のきっかけを作った。
フルスイングから放たれる打球は、ライトのフェンスを越えていく。 巨人スカウトも「初球からフルスイングできるのが魅力。体は大きくないけれどすごくパワフル」と評価する。