部員11人の学校だが、肥田監督のアプローチでトレーナーの北川雄介氏、酒井竜矢氏の指導により、高校入部時は113キロだった球速が、2年秋には143キロを記録し、茨城県選抜にも選出された。 内野手として
140キロの速球を投げる投手として注目も、高校3年春は学校が新型コロナの影響で休校となり、野球部も大会出場を辞退したため、投球が見られなかった。
二年秋の大会では、途中から投げた フォームのばらつきあり 伸びしろあり
高校3年夏に1番サードを打ち、初戦の光英VERITAS戦で5打数4安打。 内野安打3本と足を見せている。 体和は大きく無いが、スイングは大きく、広角に引っ張る感じの打撃ができている。
学校法人千葉明徳学園/千葉明徳高等学校→大東文化大学
4番で、最初は外野手で途中からリリーフしたんだけど、バッターとしても長打を放ち、投手としては、かなり力強いストレート投げていた。学館浦安のバッターを押し込んでいました。制球はよくはないけど、特に荒削り
ストレートはMAX143キロながら回転数が常時2400回転と質のいいストレートを投げ込む本格派。変化球もカーブ シュート スライダーなど多彩でコントロール良く投げ込む。 今夏、注目すべく投手になるだ
博多工業高校時代、甲子園出場なし
俊足のリードオフマンで、50m5秒7を記録する。 高校1年夏にベンチ入りすると、その秋から試合に出場し、2年時は外野手のレギュラーとして活躍、本塁打や三塁打など長打も多かった。 3年夏は1番バッタ
東京農業大学第二高校→東京農業大学在学中→千葉熱血MAIKING
関西学院高校から関西大に進学し、2年時には強打を活かして代打で出場、3塁打などを打った。 3年時は出場が無く、4年秋に5番ライトで出場するも3三振に倒れている。
霞ヶ浦出身の左腕投手。大学4年時は背番号11をつけ、先発・リリーフに登板している。
習志野高校出身の左腕投手 やや上背があり、トルネード気味に溜めを作って投げる本格派左腕 4年春は先発として投げていたが、長いイニングが投げておらず、大学野球選手権では、西南学院大戦で8番手で登
186cmの大型投手だが、高校では1年から3年の夏まで登板はしていない。
上背はないが、左打席で強いスイングをする。 3年夏の千葉大会は打率.391で甲子園に出場し、甲子園では5番レフトで出場し2打数ノーヒットで交代した。
学校法人鎌形学園/東京学館浦安高等学校→東日本国際大学中退
埼玉県立春日部東高等学校→東都大学野球連盟 順天堂大学→全浦和野球団