帝京高校に入学するも左ひざの故障で退部しその冬に篠崎高校に転入、規定で2年生の1年間はプレーできなかった。 3年夏に背番号10を背負い、球速は144km/hを記録、準々決勝の東京実戦では9回に三
小山台のエースだった伊藤優輔投手にあこがれて入学 136キロの速球と、スライダー、カーブ、スプリット、カットボールなど多彩な変化球を投げる。
中学時代にNOMOジャパンに選ばれた実績を持つ 190cmを超える長身右腕 2年秋は背番号10でベンチ入り