佐賀県立佐賀商業高等学校→関東学院大学
1年の時から登板している。フォームがとても綺麗。 右バッターのインコースに入ってくるストレートが持ち味。 プロに行ってもおかしくない。
1年生からサードを任され安定した守備を見せる。 打撃も1年生の夏には甲子園まで含めて1安打しか打てなかったが、2年生では3割を超え、ホームランも打つなど成長をみせている。
守備力に定評があり、打撃も粘りがある。
全国大会で首位打者を獲得 今後楽しみな選手
高校では2年生の時に140kmの速球で注目を集め、打撃でも通算20本塁打と投打でプロに注目された。 大学では投手として1回戦は榎下、2回戦は下平が先発し、リーグ制覇に大きく貢献している。 下半
佐賀・諸富中学では全中で全国制覇を経験。その後、長崎日大へ進学し1年夏の甲子園からベンチ入り。 高校時代は攻守ともにチームの中核を担い、野球センスは抜群。高校卒業後は東都大学野球連盟・國學院大學へ進
柔らかいスイングから広角に鋭い打球を放つ俊足強打の外野手
肩が強い
2年生の夏の甲子園では3番センターで出場するも初戦で5打数1安打に終わり、2回戦は代打で出場も2打数ノーヒットに終わった。 3年生で投手となると、春季熊本大会の準々決勝では多良木高校の善武士
130km/h後半から140km/h前半の球を丁寧に投げる。大学3年春はリリーフで4試合に登板し、10回1/3を自責点0に抑え、3勝を挙げる勝ち運に恵まれ、大学野球選手権でも前年覇者の東海大戦で2番手
下関工業出身。高校時代は投手も大学では内野手に転向し、2年秋と3年春は打率3割以上を記録した。しかし3年秋に投手が不足した事から再び投手に転向すると2勝3敗を記録、大そのオフにOBの中田賢一投手と投手
熊本工業時代に2年生でエースとして甲子園で登板した。 明大に進んだが4年間で11試合、10イニングのみの投球に終わり0勝1敗だった。 Honda熊本ではリリーフとして、2年目の九州大会で2試合に
184cmの大型投手で、ストレートには伸びがある。北海道大会で準優勝など全国まであと一歩。
サイドスロー投手は肩の可動範囲の広さがポイントとなるが、標準的な広さを持ち、ストレートにも勢いを見せている。 足をゆっくり上げ力をためて143kmを記録するなど速球派のサイドスロータイプ。制
最速154km/hの速球投手。制球に課題があり実績は少ないが、福岡ソフトバンク2軍との交流戦で2回1安打3奪三振、2四死球で失点1と、未完成ながらも注目される投球を見せた。 福岡県出身で古賀東
ダイナミックなフォームから常時140km/hを記録する本格派右腕投手。 北九州市立大では3年生まで登板した試合は1試合、「消防士や公務員になりたい」と練習に参加しない事もあったりしたが、4年秋
熊本県出身で、必由館高校に入学すると、3年生となった2002年の夏の甲子園に出場し、1回戦の光星学院戦では3-6と劣勢の8回から登板し、2回を無失点に抑えた。 九州東海大に進学すると3年生と
強肩強打の捕手! どっしりとしていてしっかり振り抜き鋭い打球を放つ強打者! 安定したキャッチングと正確なスローイングも魅力! 北九州市立南曽根中学校時代は水巻レンジャーボーイズでプレーし