小学3年から新所沢ライノーズで野球を始める 父は花咲徳栄高校 同校監督の岩井隆を持つ
中学時代に長身から140キロの速球を投げ高砂のダルとして注目された。
龍野ボーイズから東洋大姫路に進み、3年春は控え投手だがリリーフで力のある球を投げている。
走攻守全て揃った好選手。特に打撃は他に類を見ないヘッドの 使い方により、打球スピードは殺人級。 打球反応の良さ・守備範囲の広さ・肩の強さも特筆すべき点。
長野東シニア→学校法人名古屋電気学園/愛知工業大学名電高等学校→東都大学野球連盟 東洋大学
成田シニア 成田リトルシニア→成田高等学校→東都大学野球連盟 東洋大学
成田ボーイズ→霞ヶ浦高等学校→東都大学野球連盟 東洋大学
中学時代は愛媛県選抜U-15代表 龍谷大学付属平安高等学校→東都大学野球連盟 東洋大学
成田ボーイズ→学校法人鎌形学園/東京学館高等学校→東都大学野球連盟 東洋大学
聖光学院高校時代、主将として活躍