福岡大大濠高校時にも140km中盤のストレートをマークしドラフト上位候補だった。早くから大学進学を決めていたようだ。早稲田大学では野手としての能力を見込んで野手の練習をさせていたが、本人も希望もあり投
佐野日大時代は控え投手で夏の予選で敗退したが登板機会は0だった。そこから奮起しウエイトトレーニングを重ねて、ストレートはほぼ150kmをマークするようになった。 最速157kmをマークした速球
大阪府出身、中学時はナガセタイガースボーイズでプレーしPL学園に入学。 1年生秋に外野手でレギュラーポジションを取ると、2008年の秋季大会では金光大阪戦で9回に本塁打を放つなど2年生となった
千葉県千葉市出身、幼稚園から野球を始め小学校5年で左打ちに転向。投手をしていたが磯辺二中時代に千葉西シニアでプレーし、打撃センスと強肩を買われて外野手に転向した。 習志野高校に入学すると、低く
鹿児島工業時代も甲子園に出場し注目された投手。大学に入り1年春のリーグから登板、秋からはエース格となる。 150kmまで伸びたストレートはキレもあり、ストレートで勝負できる球質、その他フォーク、ス
神奈川県川崎市出身、小学校1年から野球を始め、土渕ブルーキングスで軟式でプレー。中野島中学では青葉緑東リトルシニアに所属して硬式でプレーした。 投手、外野手として、中学2年時の選抜大会で全国制覇、
打率が高く、打点も確実に上げるスラッガーで、盗塁も4年間で36個記録するなど、走攻守そろった選手。大学選手権では佛教大・大野投手から4打数2安打、東洋大・乾投手からホームランを放つなど、左打者を苦にし
小林西高校から福岡大へ進み、福岡大で3年生となった2007年には、当時4年生の白仁田(現阪神)、2年生の門脇(現日立製作所)と共に大学選手権に出場し登板をしたものの三重中京大を相手に5回2失点と敗戦投
沖縄県出身で、沖縄尚学高校では2年時に春、夏に出場している。ベンチ入りしたがレギュラーとしては出場していない。 東海大に進み、1年秋に外野手のレギュラーを獲得すると、打率は3割を越え、3三塁
軟式野球の名門、修徳中学で3年時に全国大会で優勝を果たした。 常総学院に進むと1年生で早くもレギュラーとなるなど力を見せたが、打撃面が若干弱く、堅実なフットワークと正確なスローが定評であったが
ガッシリした体からの150kmのストレートは角度があり、カーブでカウントを整え、決め球でストレートやフォークを持ってくる。フォークは空振りを奪える球で、先発として安定している。 ただし好調が1
和歌山県出身で貴志川中時代はヤングリーグの打田タイガースで硬式でプレー。 2年時には全国大会を制覇し、ジャイアンツカップにも出場した。 智弁和歌山に進学すると、1年で早くもレギュラーとして活
高校通算31本塁打の打撃も注目で、高いアベレージも残すとともに、打点数が非常に高い。勝負を避けられてもきっちりと打点を残しチームを勝たせるのはスゴイ。 また遊撃手として強肩と俊敏な守備はプロ8球団
京都府伏見区出身で、小学5年生から野球を始め、藤森中学校では野球部として軟式でプレーする。 京都外大西高校に入学すると3年生となった2006年春のセンバツ大会に出場、初戦の東海大相模戦で先発し
全国でも屈指の打者。左右に安打を打ち分ける打撃と、145kmをマークする強肩はノーステップでも遠投90mを誇る。打率は常に4割を越え、通算本塁打は18本。
結城南中学時に軟式野球で茨城大会で投手、捕手として活躍し優勝を果たした。つくば秀英高校では2年ではフォームの不調や怪我もありリリーフとして、また内野手として出場をし、霞ヶ浦高校戦では満塁本塁打を放って
昨年の全国制覇チームで河合、堂林に続く5番を打ち、2試合連続ホームランを放った。愛知大会でも打率.438をマーク。
テイクバックで右手、左手を大きく上にあげる、バタフライ投法とも言うべき独特のフォームが特徴。高校時も活躍した投手だったが亜大進学時に投球フォームがわからなくなり、一から作り上げたフォーム。 ストレ
気の強さはプロ向きで、高校2年生の夏の大会、決勝で駒大苫小牧に10-13という壮絶な試合で敗れたが、その後AAA大会に選ばれた際に同室となった3年生の駒大苫小牧の鈴木康仁投手に、「先輩、俺が負けたとは
三重県四日市市出身で、小学校1年生から軟式野球を始め、投手、内野手、外野手とあらゆるポジションでプレーをし、6年生で四日市トップエース入団する。 笹川中学校でも四日市トップエースの中学部に上がり硬